
前回は子供の話を聴くことについて書いてみましたが、今回は聴いていても、ついついやってしまう大人の失敗を一つ。
子供の話を聴く準備が整いました。
子供:
「授業中、○○ちゃんが話かけてきて、それに返事してたの、そしたら先生が私に怒ってきてさ~。」
親:
「そりゃ、話をしてれば怒られるよね。」
「また授業中無駄話して怒られたの!」
「何してるの!そんなことばかりだから~。」
話を聴くはずが、いつの間にか親の説教になっている、そんなことってありませんか?
子供は単に話を聴いてもらいたかっただけ、自分の気持ちを知って欲しかった。
けど、いつの間にか説教になってしまい、いつもケンカになってしまう。
そのうち話さなくなってしまう。
親:
「ねぇ、学校は最近どうなのよ」
子供:
「はぁ?別に。」
親:
「別にって何ね!!?」(ケンカごしになってしまう)
親のフィルターを通して話をしていませんか?
親は悪気はなく、これまでの経験から子供が失敗しないように教えてあげたいと良かれと思い話(子供にとっては説教)をする。
私もそうでした。
子供は先生から怒られ、そして帰って今日の出来事を話し、親からも怒られる。
子供は二重苦になっていたのです。
そのうち話をしなくなってしまいました。
親は話を聴いてあげるだけでいいんです。
①話を聴いたことを要約してそのまま返す
「友達に返事してたら先生に怒られたんだ。」
②その時どう思ったか、その時の感情を聴いてみる
「それでどう思ったの?」
「そう、○○だと感じたのね。」
③その後、どう対処しのか、どうなったのかを訪ねる
「で、その後どうなったの?」
④今回の事から次回どうするのか尋ねる
「怒られないようにするために、どうしようと思ったの?」
⑤考えた答えが良かろうが悪かろうが認めてあげる。
「ちゃんと考えたんだね。」
「○○はちゃんと考えることが出来るよね。」
話を聴き続ける。
親のフィルターで親の話をしない。
だって、子供だってどうしなければならないのか、分かってるんです。
そして失敗から学ぶのでです。
自分らがそうであったように。
うちの娘は
「悟ったからね。小ザビエルだから。」
と自信気に⑤まで話をするようになりました。
はじめは悟りを開いたキリストと言うつもりが、なぜかザビエルと言い間違えてしまい(しかも男)、いつの間にか生まれ変わりだと思っています。
なので最後は
「さすが、うちの小ザビエルは違うねぇ。」と認めてあげるのです。
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